2026年5月– date –
-
タグ運動
「Free Hugs」が世界一周した理由 — 一人から始まる運動の心理
2004年、シドニーの空港で 2004年、オーストラリア・シドニー。 ロンドンから帰国した一人の男が、到着ロビーに立っていました。 ほかの乗客は、出迎えの家族や友人と抱き合い、笑い合っています。 でも、彼を待っている人は、誰もいませんでした。 「自分... -
タグ運動
安全ピンを胸につけた人々 — Brexit後の沈黙の連帯
2016年6月23日、ロンドンの朝 2016年6月23日、イギリス。 EU離脱の是非を問う国民投票の翌朝。 結果は52%対48%で「離脱(Brexit)」。 僅差ですが、勝敗は決まりました。 そしてその日から、街の空気が変わります。 「お前の国に帰れ」 「ポーランド人は出て... -
タグ運動
アイ・ウェイウェイの1億個のひまわりの種 — 個と全体の運動論
テート・モダンの床に、種が広がった 2010年10月、ロンドン。 テート・モダン美術館のタービン・ホール。 巨大な工場跡を改装した、サッカー場ほどの大空間。 そこに、灰色のひまわりの種が広がっていました。 1,000平方メートル、重さ150トン。 1億個のひ... -
タグ運動
AIDSキルトという巨大なタグ — 死者の名前が縫い合わさるとき
1985年、サンフランシスコの夜 1985年11月27日、サンフランシスコ。 カストロ地区を1本のキャンドル行進が進んでいました。 7年前のこの日、ゲイの市政委員ハーヴェイ・ミルクと、モスコーニ市長が暗殺されました。 その追悼行進です。 主催したのは、ゲイ... -
タグ運動
「I Voted」ステッカーの政治学 — アメリカの投票率を上げた小さな丸シール
投票したらシールがもらえる国 「I Voted(投票しました)」 白いオーバルの真ん中に、はためく星条旗。 青い文字。 1セント以下のコストで作られる、ただの紙のシールです。 でもこれが、投票率を支えてきた小さな道具だと言われています。 19世紀のアメリ... -
タグ運動
連帯(Solidarność)のロゴはなぜ手書きだったのか — ポーランド民主化運動の意匠
1980年8月、グダニスクの造船所 1980年夏、ポーランドの港町グダニスク。 レーニン造船所で大規模ストライキが起きていました。 労働者たちは、共産党政権下で禁止されていた「自主管理労組」を求めていました。 リーダーは、電気工のレフ・ヴァウェンサ。... -
タグ運動
1000羽の折り鶴が世界を動かした日 — 佐々木禎子と平和のシンボル
1945年8月6日、2歳の女の子 佐々木禎子(さだこ)さんは、1943年に広島で生まれました。 1945年8月6日。 原爆が投下されたとき、禎子さんは2歳。 爆心地から約1.6km、自宅の窓際にいました。 爆風で吹き飛ばされたものの、外傷はなく、お母さんの腕の中で生... -
タグ運動
「Nuclear Power? No Thanks」— あの笑顔の太陽が60か国に広がった理由
1975年5月1日、デンマーク 「原子力発電? いいえ、結構です」 赤い太陽がにっこり笑い、その周りをくるりと囲む文字。 このバッジを見たことがある方も多いと思います。 実はこのデザイン、1975年にデンマークで生まれました。 描いたのは、当時21歳の活動... -
タグ運動
ホワイトリボンからピンクリボンまで — 世界のリボン運動が伝えてきたもの
始まりは1本の歌 「樫の木に黄色いリボンを結んで」 1973年、トニー・オーランドとドーンが歌ったヒット曲です。 出所した男が恋人に「まだ僕を待ってるなら、黄色いリボンを木に結んで」と語りかけるバラード。 リボンを「想いを伝えるしるし」にした最初... -
タグ運動
ピースマーク誕生秘話 — 1958年、ジェラルド・ホルトムが描いた一本の線
一枚のスケッチから 世界で最も知られたシンボル、あの「ピースマーク」。 Tシャツや街角の壁で、いまも見かけますよね。 実はこの記号、たった一人の男の絶望から生まれたんです。 1958年2月、ロンドン郊外。 ジェラルド・ホルトムという44歳のデザイナー...
1
