2014年9月28日、催涙弾の日
2014年9月28日、香港。 中心部のセントラル(中環)で、警察が群衆に催涙弾を撃ちました。
返還後の香港で、警察が市民にここまでの力を使ったのは初めてでした。 人々は衝撃を受けます。
そのとき、デモ参加者たちが手にしていたのは、ごくふつうの道具でした。
傘です。
催涙スプレーや催涙ガスから身を守るために、人々は傘を開いて盾にしました。 こうして始まった運動は、「雨傘運動(Umbrella Movement)」と呼ばれるようになります。
一枚の写真が、世界を回す
ある一枚の写真が、世界中に広がりました。
催涙ガスの煙が渦巻く中、一人の若者が両手で傘を高く掲げている。 ヘルメットをかぶった警官隊の前に、何の武器も持たず、ただの家庭用の傘で立つ青年。
クオーツ誌はこう書きました。 「この画像は痛切だ。力の非対称性を際立たせている。ありふれた日用品が、有毒物質を持つ機動隊に向き合っている」
「アンブレラ・マン(傘の男)」として、彼は象徴になりました。
なぜ黄色だったのか
ここに、シンボル戦略の核心があります。
デモ参加者の多くは、黒い服を着ていました。 そして傘の色には、黄色が選ばれます。
なぜ黄色か。 理由はシンプルで、黒い群衆の中で、いちばん目立つから。
黒い海の中に、点々と咲く黄色。 このコントラストが、報道写真の中で強烈に映えました。
黄色は「民主主義の黄色(democracy yellow)」と呼ばれるようになります。 黄色いリボンが、フェンスに、木に、襟元に、SNSのプロフィール写真に結ばれていきました。
傘という、絶妙なシンボル
傘がシンボルになったのは、偶然ではありません。
香港中文大学の法学者ブライアン・ドゥルージンは、こう指摘します。 「傘は機能的なだけでなく、ある種の象徴的な響きを持っている。受動的抵抗のシンボルなんだ」
アーティストのケイシー・ウォンも言います。 「柔らかいものなのに、私たちの『勝つ』という決意においては、とても硬い」
傘は、攻撃の道具にはなりません。 ただ「守る」「耐える」ための道具です。 非暴力の意志を、形そのものが表していました。
撐 — 「支える」という一文字
人々は、黒い傘を黄色に塗りました。 そこに、漢字を一文字描いたものもあります。
撐(caang)。
「支える」「耐え抜く」という意味です。
ロンドンのヴィクトリア&アルバート博物館は、この塗られた傘を一本収蔵しています。 催涙弾が撃たれた数日後、民主派グループのメンバーが描いたものです。
道具が、メッセージになった瞬間でした。
「革命」とは呼ばなかった
興味深いのは、運動のリーダーたちが「革命(revolution)」という言葉を強く避けたことです。
英メディアが付けた #UmbrellaRevolution というハッシュタグが先に広まりましたが、当事者たちはこう言いました。
学生リーダーのジョシュア・ウォンは語ります。 「私たちは革命を求めているんじゃない。ただ、民主主義がほしいだけだ」
旧ソ連諸国の「カラー革命」と一緒にされることを、彼らは慎重に拒みました。 あくまで「具体的な制度改革」を求める、と。 シンボルは強烈でも、言葉は抑制的だったんです。
タグ運動への、ヒント
雨傘運動が教えてくれることは、ふたつあります。
ひとつ目。 シンボルは「身を守る道具」から生まれることがある。 最初から運動のために作られたのではなく、必要に迫られて手にしたものが、意味を帯びていく。
ふたつ目。 そして、色のコントラストは戦略になる。 黒い群衆の中の黄色のように、「目立つこと」自体がメッセージを運ぶ力になります。
私たちのタグも同じです。 日常の風景の中で、ふと目を引く一枚。 その「見え方」までを含めて、シンボルなのだと思います。
柔らかい傘が、硬い決意を語った。 2014年の香港が、そう教えてくれました。


