投票したらシールがもらえる国
「I Voted(投票しました)」
白いオーバルの真ん中に、はためく星条旗。 青い文字。 1セント以下のコストで作られる、ただの紙のシールです。
でもこれが、投票率を支えてきた小さな道具だと言われています。

19世紀のアメリカ、お祭りだった選挙日
時代をぐっと遡ります。
19世紀のアメリカでは、選挙日はお祭りでした。 「州フェアと、独立記念日と、クリスマスを足して一つにしたみたい」と歴史家が表現するほど。
男たちは「選挙のひげ」を伸ばして「私は有権者になれる年齢ですよ」とアピール。 投票所はその9割が酒場にあって、ビールやウィスキーが振る舞われたそうです。
つまり昔は、投票が「目に見えるお祝い」でした。 誰が投票したか、街中が知っていたんです。
静かな選挙、低い投票率
20世紀に入ると、流れが変わります。
禁酒運動と進歩派が「選挙はもっと厳粛に」と主張。 酒場から投票所が切り離され、選挙日は静かになりました。
すると投票率はどんどん下がっていきます。 80%あった投票率が、50%を切るように。
「選挙日は楽しいもの」という記憶が、ごっそり消えてしまったんです。
1950年、マイアミ・ヘラルドの記事
「I Voted」シールの最古の記録は、意外と古い。
1950年10月27日のマイアミ・ヘラルド紙が、こう書いています。 病院拡張のための公債発行投票で、有権者に「I Have Voted」のシールを配ろう、と。
「ほかの人にも投票するよう促すきっかけになる」と記事は伝えています。
1982年、フロリダ州の小さな商店街
次の記録は1982年。 やはりマイアミ・ヘラルド紙が、フォートローダーデールの商店街の取り組みを報じます。
「I Votedシールを貼った人には、お店が割引します」
これが、シールが「ご褒美」になる仕組みのはじまりでした。
1985年、フェニックスの不動産業者たち
1985年、アリゾナ州フェニックス。 不動産業者組合が「I Voted Today」シールを大量に配ります。
なぜ不動産業者が? 理由は単純で、その年の投票に「高速道路の拡張」がかかっていました。 道路ができれば、地価が上がる。
商業的な動機から始まった配布でも、結果として何万人もの投票を後押ししました。
1987年、あの定番デザインが生まれる
そして1987年。 オハイオ州の選挙用品会社「インタブ社」で働いていた女性、ジャネット・ブードロー。 彼女がダイニングテーブルで、あるシールをスケッチします。
白いオーバルに、はためく星条旗、青い文字で「I Voted」。
ブードロー自身、選挙日なのに気づかない人が多いことにショックを受けていました。 ベトナム戦争反対運動と公民権運動を見て育った彼女は、こう考えます。
「投票した人を見て、『あ、私もしなきゃ』と思ってもらえるシールを」
このデザインは著作権登録され、1988年末には全米50州に行き渡りました。 2000年までに、年1億枚以上が配られるようになります。
政治学者は「効果」をどう見ているか
このシールに本当に効果はあるのでしょうか。
コロンビア大学の政治学者ドナルド・グリーン教授は、こう分析しています。
「シール自体が人を投票に行かせるわけじゃない。 でも、シールは『選挙日はみんなで祝うもの』という19世紀の感覚を、少しだけ取り戻している」
グリーン教授たちのチームは、14の都市で「選挙日フェスティバル」を開く実験をしました。 和太鼓やピエロを呼んで、投票所を文字通りお祭りにしたんです。
結果は明確。 「人々をパーティに来させられたら、投票にも行かせられる」
シールはそのミニチュア版なんです。
「I Voted」セルフィー時代
2010年代以降、シールはもう一段進化します。 SNSの「I Votedセルフィー」です。
シールを胸に貼って、自撮りして、Twitterに投稿。 2016年の研究では、選挙日のTwitter投稿300万件のうち、2,000件のセルフィーが分析されました。
「私は投票した」だけでなく、「あなたも、ぜひ」というメッセージに進化しています。
タグ運動への、ヒント
「I Voted」シールが教えてくれることは、シンプルです。
ひとつ目。 シールは「行為の証明」だけでなく、「他者への招待状」になる。
ふたつ目。 何かを「お祭り」に変える小さな仕掛けは、参加率を上げる。
みっつ目。 シールを貼って歩く人そのものが、歩く広告塔になる。
私たちのタグも同じです。 受け取った人が一日街を歩けば、何百人もの目に触れます。
そしてその人自身が、「私はこのメッセージを大切にしている」と表明する一人になります。
たかがシール。されどシール。 小さな丸が、民主主義を支えているんです。

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