一枚のスケッチから
世界で最も知られたシンボル、あの「ピースマーク」。 Tシャツや街角の壁で、いまも見かけますよね。
実はこの記号、たった一人の男の絶望から生まれたんです。
1958年2月、ロンドン郊外。 ジェラルド・ホルトムという44歳のデザイナーが、紙に円を描き、三本の線を引きました。 彼は戦時中、良心的兵役拒否者として農場で働いた平和主義者でした。
そのスケッチは1ヶ月半後、ロンドンから核兵器研究施設までの「オルダーマストン行進」で使われます。 戦後ヨーロッパ最大級の反核デモでした。 ホルトムの描いた記号は、ここから世界へ旅立っていきます。
二つの旗、二つの文字
このシンボル、よく知られた解釈は「セマフォ信号」です。 海軍などで使う、両腕の角度でアルファベットを表す通信方式ですね。
ホルトムはここに「N」と「D」を重ねました。
- N(Nuclear/核):両腕を斜め下45度に広げた形
- D(Disarmament/軍縮):片腕を真上、もう片腕を真下に伸ばした形
この二文字を重ねて、円で囲む。 それが「核軍縮(Nuclear Disarmament)」のシンボル、つまりピースマークです。
でも、本人はもう一つの起源を語っていました。
ゴヤの絵と、絶望の自画像
「私は絶望の中にいた。深い絶望の中に。 私は自分自身を描いた。両手のひらを外側へ、下へと垂らしている。 まるでゴヤが描いた、銃殺刑を待つ農民のように」
ホルトムが旧友に宛てた手紙の一節です。
彼が言及したのは、ゴヤの代表作《1808年5月3日》。 ナポレオン軍に処刑される直前、両手を広げる白いシャツの男。 あの絶望の身振りが、ピースマークの原型だというのです。
論理(N+D)と感情(絶望する人)、二つの起源。 設計図でもあり、自画像でもある。 冷たい線の下に、生身の悲しみが隠れています。

反転すると「生命の樹」になる
しばらくしてホルトムは気づきます。 このシンボルを上下反転させると、両腕を高く上げた人の姿になる。 キリスト教で「生命の樹」「希望」「復活」を意味する形です。
そしてセマフォでは「U(一方的に)」、つまり一方的核軍縮の文字でもありました。
絶望と希望、軍縮と命、N・D・U。 ひとつの円の中に、いくつもの意味が折りたたまれているんです。
著作権を取らなかった、という選択
そしてもう一つ、大事なこと。 ホルトムもCND(核軍縮キャンペーン)も、著作権を一切登録しませんでした。 誰でも、許可も料金もなしに使えます。
だからこの記号は、ベトナム反戦、公民権運動、ヒッピー文化、気候デモ、難民支援。 世界中の現場で「みんなのもの」になっていきました。
著作権を手放すという選択そのものが、運動戦略として最高だったのかもしれません。
タグを配るという行為に、学ぶこと
私たちがタグを無料配布しているのも、本質はホルトムと同じです。 所有を手放し、メッセージを誰かの胸に預ける。 受け取った人が、また誰かへ手渡す。
一本の線が67年で世界に広がったのは、美しかったからでも、組織が大きかったからでもありません。 誰のものでもなかったから、みんなのものになれたんです。
絶望の中で描かれた一筆が、希望のシンボルになる。 私たちの小さなタグにも、同じ可能性があります。

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